偽作曲(シリーズ3回目:偽作と金)

体調の問題で予定より2ヶ月延びてしまったが偽作シリーズの第3回目である。

 

ホフシュテッター作曲「ハイドンのセレナーデ Hob.III:17 ; Op.3 No.5」(弦楽四重奏曲 第17番へ長調から 第2楽章)


真の作曲家、ロマン・ホフシュテッター(Roman Hoffstetter, 1742年 - 1815年)は、オーストリアのベネディクト会の修道士。作曲はアマチュアハイドン作にされてしまった6曲の弦楽四重奏曲の他、10曲のミサ曲をはじめとする教会音楽、器楽曲が残っている。
偽わられた作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn, 1732年 - 1809年)はオーストリアの作曲家、数多くの交響曲弦楽四重奏曲を作曲し、交響曲の父、弦楽四重奏曲の父と呼ばれている。弦楽四重奏曲第77番第2楽章にも用いられた皇帝讃歌「神よ、皇帝フランツを守り給え」の旋律は、現在ドイツ国歌(ドイツの歌)に用いられている。彼の名前を冠せられた偽作曲も数多くあり、ホーボーケン番号が付いていながら偽作と看做されている曲が約40タイトルある。


『6つの弦楽四重奏曲』(Op.3、Hob.III:13~18)は、ハイドン公認のもと、1801年にプレイエルから出版されたハイドン弦楽四重奏全集に収録されていたため、長い間ハイドン作だと信じられていた。実際には、ハイドンを崇拝し、ハイドンの作風を参考にロマン・ホフシュテッターが書いた曲を、1777年にパリのベユー社が、当時人気を博していたハイドンの名前を勝手に偽って出版してしまったのが真相だ。ベユー社は、ホフシュテッターの作品以外にも、別人の作品をハイドン作として出版するいわくつきの出版社であったようだ。ホフシュテッターは作曲について正当な対価を得られず、経済的には大変困窮していたということだ。

これら6曲の弦楽四重奏は、ハイドンの作風との違いから1939年ごろから偽作の疑いを指摘されていたようだが、1964年に、アラン・タイソン(Alan Tyson)とロビンズ・ランドン(Howard Chandler Robbins Landon)という音楽学者がベユー版の原版を探し出し、作品3-1と3-2の2曲に作曲者名を消した跡を見つけた。それが偽作の決定的な証拠となり、その他のいくつかの証拠からホフシュテッターの作品であることが明らかになった。ハイドン作品として出版されてから187年経ってようやく真の作曲家が明らかになったのだ。

 

f:id:akof:20171021120120p:plain

Alan Tyson and H. C. Robbins Landon

"Who Composed Haydn's Op 3?"

 

なお、今日一般的にはこれらの弦楽四重奏曲は、Op.3ということになっているが、ハイドンの時代には出版社が勝手気ままに作品番号を充てたりしていたようで、ベユー社版ではOp.26が充てられていたとのことだ。

参考:ハイドン研究室、弦楽四重奏曲の部屋別室


弦楽四重奏曲としての楽譜:String Quartet in F major, Hob.III:17 (Hoffstetter, Roman) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

ハイドンのセレナード」は、あまりに有名で、ピアノ編曲版も数えきれないほど出されているが、私なりに編曲してみた。

(Hoffstetter) Haydn - Serenade for strings for Piano by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ハイドンのセレナード(ホフステッター)」 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud


作曲者不詳「ヘンデルのヴァイオリンソナタ ヘ長調(第3番)HMV370 Op.1-12」2、3楽章

偽られた作曲家ジョージ・フリデリック・ハンデルGeorge Frideric Handel, 1685年 - 1759年)は、ドイツ生まれでイギリスに帰化した作曲家。日本ではドイツ語名の方の「ヘンデル」の方が一般的だ。オペラ、オラトリオなど劇場用の曲を多数書き、イギリスで名声を築いた。オラトリオ「メサイア」、管弦楽組曲「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」は現在も人気曲と言えるだろう。一方、真の作曲家は、恐らくヘンデルと同時代の作曲家であろうが、それが誰なのかを知る手掛かりは一切残っていない。

ヘンデルのヴァイオリンソナタは一般的には6曲とされているが、そのうち4曲は偽作でヘンデルの手によるものではないとされている。ヘンデルのヴァイオリンソナタの最初の出版譜は大英図書館に収められているが、ロジェ版(1730年頃の出版)のHMV372イ長調(第5番)Op.1-14、HMV373ホ長調(第6番)Op.1-15には、出版当時の筆跡で「注意,これはヘンデル氏のものではない」(“NB. This is not Mr. Handel's”)と書かれているおり、ウォルシュ版(1732年)のHMV368ト短調(第2番)Op.1-10、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12当時の筆跡で「ヘンデル氏のソロではない」(“Not Mr. Handel's Solo")と書かれているとのことで、出版当時から大人気作曲家ヘンデルの作品ではないものが、ヘンデル作と偽って楽譜掲載されていることは知られていたらしい。

一般的に、偽作曲疑惑の大抵の決め手は作曲家自身のオリジナル手稿なので、同様にこの大英図書館収蔵の楽譜の“NB. This is not Mr. Handel's”、“Not Mr. Handel's Solo"の書き込みがなされている現物写真を探したのだが、それを見つけることはできなかった。Early Music Performer Issue 11, March 2003 のようなちゃんとした論文にも書かれていることなのでガセの話ではないとは思うが、真贋論争の資料なのだから写真証拠を示すぐらいのことはして欲しいと個人的には思う。

さて、この偽「ヘンデルのヴァイオリンソナタ」4曲が世に出たのは、ヘンデル人気で稼ごうとした出版社の画策によるものであることが分かっている。オランダのジャン・ロジェ出版社のディストリビューターだったウォルシュという人物は、12曲が収められた「ヘンデル作曲の」ソロソナタ集をロジェ社に無断で出版した(ロジェ版と呼ばれているが、ロジェ社の出版ではなく、今でいう海賊版のようなものである)。このロジェ版は問題になったようで、ウォルシュは1732年にヘンデルと正式に楽譜出版契約を結び、ロジェ版掲載の非ヘンデル作のヴァイオリンソナタ2曲(HMV372イ長調(第5番)Op.1-14、HMV373ホ長調(第6番)Op.1-15)を、別のヴァイオリンソナタ2曲に差し替え再度「ヘンデル作曲の」ソロソナタ集を出版した。この正式契約に基づく出版の方がウォルシュ版と呼ばれている。しかし、新たに採録されたHMV368ト短調(第2番)Op.1-10と、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12もやはり偽作だったというわけである。

なお、これらのヴァイオリンソナタにOp.1がついているのは、ヘンデルの作曲時期が早かったからではない。ヘンデルの時代には出版された作品全てに作品番号が付されたわけではなく、まとまって出版された作品には作品番号が付されることが多かった。ヘンデルの場合は協奏曲集、ソナタ集、オルガン曲集に作品番号が付され、7番まである。そして、いわくつきのソナタ作品集にOp.1がついた経緯は、ウォルシュが1734年以降の新聞広告Op.1と銘打ったからで、1879年にクリュザンダー(Chrysander)という出版社が出版したヘンデル全集(旧全集)第27巻で,ロジェ版とウォルシュ版の両方を合わせ, さらに現在のOp.13にあたる1749年頃のヴァイオリン・ソナタを加え, 全15曲(Op.1-1の異稿を含むと全16曲)からなる「Op.1」を構成したのが定着したということのようだ。

参考:

ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集 作品についてのノート

ヘンデルのプログラムノート : Flauto diritto

ヘンデルの作品


弦楽四重奏の楽譜:Violin Sonata in F major, HWV 370 (Handel, George Frideric) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

さて、この偽「ヘンデルのヴァイオリンソナタ」を紹介する上で、わざわざピアノソロで演奏する意味がありそうな曲を選ぶのに苦慮した。ピアノでその雰囲気が出そうな曲として、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12の2楽章を選んで編曲してみた。

Violon Sonata in F Major 2nd mov. for piano solo (Opus 1 No. 12) by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ヘンデルのバイオリンソナタ3番」2楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

が、紹介するに相応しい佳い曲となると、その3楽章の方のような気がしたので、ろくな編曲ではないが、こちらも掲げておく。

Handel - Violin Sonata in F Major mov.3 for Piano Solo (Opus 1 No. 12) by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ヘンデルのバイオリンソナタ3番」3楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud


ポンセ作曲「ヴァイスのバレエ」

偽られたシルヴィウス・レオポルト・ヴァイス(Sylvius Leopold Weiss, 1687年 - 1750年)は、ドイツ後期バロック音楽の作曲家・リュート奏者。多数のリュート曲を書いており、現在も800曲以上が残っている。
真の作曲家マヌエル・マリア・ポンセ・クエラル(Manuel María Ponce Cuéllar, 1882年 - 1948年)は、メキシコの作曲家・音楽教師、ピアニスト。200曲以上のピアノ曲の他、ギター曲、器楽曲を多数残している。メキシコの国民的作曲家であり、1948年にはミゲル・アレマン大統領から「芸術科学国家賞」を音楽家として初めて受賞した。

ポンセは1925年から渡欧し、パリ音楽院でポール・デュカに作曲を師事し、また同地でギター奏者のアンドレス・セゴビアと親交を結んだ。セゴビアは彼の演奏会用の作品をポンセに多数委嘱したが、セゴビアは演奏会が(非ヨーロッパ人の)ポンセ作品ばかりになるのを気にして、バロック時代風や古典派時代風の偽作をポンセに依頼する。

そうした偽作に、ヴァイスの「バレエ」、ヴァイスの「前奏曲ホ長調」、スカルラッティの「古風な組曲」、ヴァイスの「組曲イ短調」がある。セゴヴィアがこれらを演奏して人気を博すと、こうした「古典曲」は著作権上の保護を受けないため、その演奏からすぐに楽譜が起され多数の出版がなされたようだ。一方、ポンセはそうした出版から何ら報酬を受けられず、彼自身は当時困窮を極めた生活を送ったと伝えられている。


参考:

ポンセの偽作について

Manuel Ponce and the Suite in A minor: Its Historical Significance and an Examination of Existing Editions

PONCE, M.M.: Guitar Music, Vol. 2 - Suite in D Major / Suite in A Minor (Holzman)

ポンセのギター曲の楽譜:PDF Classical Guitar Score DVDRom

ピアノ編曲にあたって、カノン化した。

 

www.youtube.com


4声化した編曲も作ってみたが、演奏が難しい割に原曲の良さが薄れてしまって効果が乏しい気がする。

(Ponce) Weiss - Balletto four-voices for piano by AkoFujiwaka musescore.com

 

今回のテーマ「お金」から離れて、演奏機会に恵まれたのでOne More Thingな1曲。

マレー作曲「リュリのガボット

偽られた作曲家、ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste de Lully'、1632年 - 1687年)は、イタリア生まれで、フランスに帰化した作曲家。ルイ14世に気に入られて国王付き器楽曲作曲家に任命され、宮廷貴族向けのバレ、コメディ・バレ、トラジェディ・リリック、オペラで人気を博し、数多くの作品を書いて、宮廷舞曲の音楽形式を大きく変えた。一説によれば、弦楽器の弱音器使用を楽譜で明示したのはリュリが最初だということである。
真の作曲家、マラン・マレー(Marin Marais、1656年 - 1728年)は、フランスの作曲家、指揮者、バス・ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者。オペラと、数多くのヴィオール作品を残している。ルイ14世の宮廷のヴィオール奏者になっており、リュリより若いが活躍した時期は一部重なっている。

スズキメソードヴァイオリン指導曲集2巻10番、あたらしいバイオリン教本第2巻26番やに「リュリ作曲のガボット」として収録されているため、大半のバイオリニストにはお馴染みの有名曲だが、リュリが書いた楽譜は残っていない。マレーが1686年に出版した、ヴィオール曲集第1巻の第24曲「ロンド」がこの原曲だと言われている。厄介なことにその通奏低音は1689年に出版された別の楽譜に収録されている。

マレーのヴィオール曲集第1巻の楽譜:Pièces de viole, Livre I (Marais, Marin) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

マレー作曲のロンドが、いつどのような経緯で「リュリ作曲のガボット」として知られるようになってしまったのかはよく分かっていない。「スズキの教本に誤って収録した鈴木貞一が悪い」という意見が海外の掲示板でさえも見られるが、鈴木貞一が生まれるより前の1800年代には「リュリ作曲のガボット」として出版されているので、鈴木貞一の責任ではないことだけは確かだ。

マレーの残したヴィオール曲集第1巻の第24曲「ロンド」とその通奏低音を、できるだけ忠実に取り入れて、ヴィオラとピアノ用に編曲した。musescoreには移調機能があるので、5度あげればヴァイオリン演奏用にも使えるはずだ。

(Marais - Pièces de viole, Livre I #24 Rondeau) Lully - Gavotte by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「リュリのガボット(マレー)」 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud