偽作曲(シリーズ5回目:女性)

偽作曲シリーズ5回目、そして最終回である。前々回で「金」をテーマにしたので、ならば次のテーマは「女」だと半ば冗談に決めたのだが、これが取り組めば取り組むほど奥深いテーマであることがわかり、すぐには発表できなかったのだ。そこで「モーツァルト」をテーマにした回を先にして、そして今回の最終回を飾るテーマとして「女性」を持ってきた。なお、通常「金、女」と並べられる場合の「女」つまり、「男を翻弄する」という文脈では、前回無双のごとく活躍したコンスタンツェの話で十分ではないかと考える。(フリースの「子守歌」が、モーツァルトの作品と取り違えられる経緯にも、裏にはどろどろした男女の人間関係があったのではないかという話もあるのだが、そこまで言及するのは偽作のテーマには相応しくないと考えた)

 

かつて、女性が作曲することを許さない、女性蔑視の時代があり、その中で、女性作曲家は男性の名前を借りたり、中性的なペンネームを使用したりした。今回は、当初は偽名により曲を発表していたが、後に女性としての本名を明らかにしたという事例を「偽作」と捉え、紹介する。

 

ファニー・メンデルスゾーン作曲「フェリックス・メンデルスゾーンの12の歌曲 Op.8より No.3 イタリア」


偽の作曲家ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy, 1809 - 1847)は、ドイツロマン派の作曲家、指揮者、ピアニスト、オルガニスト。幼少期から音楽の才能を示して神童と知られ、交響曲をはじめとする管弦楽曲、オペラ、協奏曲、室内楽曲、合唱曲、歌曲、ピアノ曲、オルガン曲など多様なジャンルに優れた作品を数多く書いた。その曲数は900を越えると言われ、今なお「十分評価されてない」優れた作品が数多く埋もれていると言われている。
真の作曲家ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(Fanny Mendelssohn-Hensel, 1805 - 1847)はドイツの作曲家。フェリックスの実の姉である。膨大なピアノ曲と声楽曲を(殆ど未出版のまま)遺しており、その数は600曲を越えると言われ、フェリックスの作品以上に「知られざる佳曲」が埋もれており、多くの研究家、演奏家が取り組んでいる。

 

ファニーは、弟のフェリックスと共に幼いころから音楽の優れた才能を示していたが、この姉弟の父は、ファニーの(プロとしての)音楽活動には強く反対し続けた。弟フェリックスも、ファニーの音楽の才能は認めつつも、職業的な音楽活動、とりわけ作曲には強く反対し続けた。

 

ファニーが19歳頃に作曲した3つの歌曲は、フェリックスの名で出版された、12 Gesänge Op.8 (1826年)の、No.2, 3, 12に紛れ込むように入れられた。同様に、フェリックスの12 Lieder Op.9(1830年)にも、ファニーの作品がNo.7, 10, 12に隠して収められている。

 

ファニーがようやく自身の名前で作品を発表したのは、それから20年後の1846年である。Op.1 が出版されてわずか1年後に彼女は脳卒中に倒れて亡くなり、彼女の生前に出版されたのは、わずかOp.7までである。

 

ファニーは亡くなる前年頃から、クララ・シューマンとの親交が深まったという記述を見かけるが、クララは(ロベルトと結婚するよりも前の)12歳のころより自身の名で作品を出版しており、クララの影響が大きかったのではないかと夢想する。

 

さて、今回紹介する偽作曲「フェリックス・メンデルスゾーン 「12の歌曲」 Op.8より No. 3『イタリア』 」は、ヴィクトリア女王の愛唱歌となったそうで、フェリックスが女王に謁見した際、「本当は姉の作品なのです」と告白したとのエピソードが伝えられている。

 

この「イタリア」の魅力的なメロディは、類い稀なるファニーの才能が如何なく発揮されていることが感じられるが、同時に凡庸な伴奏からはまだまだファニーが作曲家として発展途上であったことも伺える。

 

なお、フェリックス・メンデルスゾーン名義の Op.8-3 「イタリア」とは別に、ファニー・メンデルスゾーン名義での Op.8-3 (1846年の作曲)はあるわけで、今回は紹介できないが、偽 Op.8-3から20年経ったファニーの作曲の技量がどれほどかを味わうのも一興である。

 

参照:ファニー・メンデルスゾーンとクララ・シューマン

Fanny Hensel – Wikipedia

List of compositions by Fanny Mendelssohn - Wikipedia

楽譜:/3 Songs (Hensel, Fanny) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

(Felix Menderssohn) - 12 Gesänge Op.8. No.3 Italien by akof.1 musescore.com



オーギュスタ・オルメス作曲「ヘルマン・ゼンタの『駱駝の歌』」


オーギュスタ・オルメス(Augusta Mary Anne Holmès, 1847 - 1903)はアイルランドにルーツを持つフランスの女性作曲家。14歳のころより作品を発表するが、女性が職業芸術家になることがはしたないとされた当時の風潮から、当初はヘルマン・ゼンタ(Hermann Zenta)という偽名で作品を発表した。実際、オルメスは、パリ音楽院への入学の道は「女性」だという理由で絶たれたのだ(入学できなかった理由には、当時オルメスがフランス国籍ではなかったことも関係するかもしれない)。

 

オルメスは、外国人だという理由でパリ音楽院への入学を断られたリストや、そして後にパリ音楽院への女性の入学を開くセザール・フランクに作曲を学ぶ。

 

オルメスは後に、フェミニズム運動を称揚する交響詩アンドロメダ」や、出自とも関わる社会的メッセージが強い交響詩アイルランド」や「ポーランド」などを発表する。

 

オルメスの死後、彼女の自筆譜はパリ音楽院に遺贈された。

 

さて、今回紹介する偽作曲「駱駝の歌」は、オルメス14歳の時(1861年)にヘルマン・ゼンタの偽名により発表された曲の1つである。1866年にそれは新聞記事で取り上げられているので、それなりに好評だったのではないだろうか。ファニー・メンデルスゾーンとは対照的に、作曲技法を早くから駆使してこちらもただならぬ才能を感じさせるが、一方でメロディを十分に魅せるには若干のせわしなさもある、そしてやはり、若々しさが輝く曲である。

 

歌ではなくピアノソロで弾く場合には、少しゆっくり目に演奏して、メロディを効かすようにした方が好ましいように思う。

 

楽譜:Mélodies pour piano et chant (Holmès, Augusta Mary Anne) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

(Zenta Hermann) Chanson du Chamelier by akof.1 musescore.com

 

参照:

Augusta Holmès — Wikipédia

Augusta Holmes (1847-1903)

a biography of the day-augusta holmes (composer)

Augusta Holmès | Open Music Library

Catalog Search Results | Hathi Trust Digital Library

 

レベッカ・クラーク作曲「アントニー・トレントの『眠りの神』」

 

レベッカ・クラーク(Rebecca Helferich Clarke, 1886 - 1979)は、イギリスのヴィオラ奏者、作曲家。少なくとも31曲の作品が知られていて、その殆どがヴィオラを主役にした室内楽曲である。それら作品が評価され始めたのは最近であり、2000年にレベッカ・クラーク・ソサエティが設立されてから、ようやく作品の出版がなされるようになった。

 

クラークは、女性作曲家への偏見から、男性名を使って作品を発表することがあったが、それに伴って、様々な混乱が生じた。作曲コンクールで、クラークが男性名で提出した曲が、他の参加者の作品とともに最優秀に位置づけられた後、クラークは最終的に受賞できないことになった時、「(引き分けが決まった後に)審査員が、作曲者が『女性』であるということを知ったから、彼女には受賞させないことにしたのだ」という疑いの声があがった。その疑いに対しては、クラークが主催者の身内だから、公正性を疑われるのを避けるために、受賞させなかったのだという説明がなされた(が、主催者や審査員の身内が不利に扱われるような音楽コンクールというので、人々は納得できるのか甚だ疑問だ)。

 

クラークは1918年にヴィオラとピアノのための抒情的小品「眠りの神」をアントニー・トレントの名前で発表し、自身の手で初演にかけた。この時のコンサートのチラシを見ると大変興味深いことに、「眠りの神」の作曲者は偽名のアントニー・トレント、演奏者は本名のレベッカ・クラークが記載されている。そして、「眠りの神」の他にレベッカ・クラークが作曲したヴィオラとチェロの二重奏曲が演目に組まれているが、こちらは作曲者の記載は、正しくレベッカ・クラークの名になっている。

 

f:id:akof:20130524150943j:plain

 

果たして、評論家からも客からも「アントニー・トレント」作曲の方は激賞され、一方「レベッカ・クラーク」作曲の方は見事に無視されたということである。当時の風潮は、「女が作曲できることなどありえない」という強い決めつけが、どれほど酷かったかという話である。

 

作曲者不存在の「眠りの神」は、出版されることなく埋もれ、長らく忘れ去られていたが、2002年にようやく出版された。ヴィオラのためのオリジナル曲のレパートリーに飢えているヴィオラ奏者達は、早くもこの曲の素晴らしさに気づき、これを取り上げるようになっている。

 

楽譜:

global.oup.com


なお、レベッカ・クラークの作品は、まだ著作権保護期間内であり、ピアノ用編曲について、どこまで情報を出せるかは、現在Oxford University Pressと交渉中である。

Arrangement/Translation Request Form - Oxford University Press

 

参照:

Worksi | Rebecca Clarke Society

Rebecca Clarke (composer) - Wikipedia

 

Series 5: Female
-- Fanny Mendelssohn "Felix Mendelssohn's 12 Gesänge Op.8. No.3 'Italien'"
---- My Piano Score: https://musescore.com/user/23972581/scores/4419406
-- Augusta Holmès "Zenta Hermann's Chanson du Chamelier"
---- My Piano Score: https://musescore.com/user/23972581/scores/4738631
-- Rebecca Clarke "Anthony Trent's 'Morpheus'"