偽作曲(シリーズ4回目):モーツァルト

ヴォルフガング・アマデウスモーツァルトWolfgang Amadeus Mozart、1756年1月27日 - 1791年12月5日)はオーストリアの音楽家。神童といわれ、5才で初めて作曲した。父親レオポルト・モーツァルトは宮廷音楽家であり、息子のヴォルフガングを様々な音楽の場に連れていき、音楽教育を施した。6歳の時に神聖ローマ皇后マリア・テレジアの御前で演奏したり、またヴェルサイユ宮殿ルイ15世王女マリー・アデライードの部屋にも出入りしていたようである。短い生涯のうちにオペラ、交響曲ピアノソナタなど幅広いジャンルで700曲あまりの曲を作曲した。レクイエムは絶筆。国外旅行により習得した各地の音楽書法を縦横に駆使し、さらにヨハン・クリスティアン・バッハの知遇を得てその影響を受けた。さらにヴィーンに定住後は、ハイドンJ.S.バッハの対位法技法を取り込み、円熟の境地に至った。

 

カサドシュ作曲「モーツァルトの『アデライード協奏曲』」


偽った作曲家マリウス・カサドシュ(Marius Casadesus, 1892 – 1981)はフランスのヴァイオリニスト・作曲家。音楽家一家として知られ、兄アンリは、ヴィオラ奏者・作曲家として、甥ローベールはピアニストとしてよく知られている。また兄アンリも「C.P.Eバッハのヴィオラ協奏曲」「ヘンデルヴィオラ協奏曲」「J.C.バッハのチェロ協奏曲」の偽作が知られている。マリウス・カサドシュの作曲としてヴァイオリンのオーケストラのための交響曲(1951)やバイオリンやチェロのソロ作品があるようだが、これらが現在演奏されることは殆どなく、一般的に知られているのは「アデライード協奏曲」のみといってよい。

このアデライード協奏曲は、1933年にマリウス・カサドシュによって「発見」された。カサドシュによれば、発見されたモーツァルトの自筆譜には、は、1766年5月26日の日付(当時モーツァルトは10歳)でルイ15世の長女アデライード王女への献辞が書かれており、楽譜は2段譜になっていて、上段は独奏パート(に加えてトゥッティ)が、下段はバスが記入されているということだった。しかも、アデライード王女が用いる女性用の小さなバイオリンは「高く調律した方がよく鳴る」ことから、独奏パートは移調楽器扱いされてニ長調で書かれ、下段はホ長調で記譜されているという、マニアックな説明までなされた。が、その一方で、発見された自筆は誰にも決して閲覧させず、カサドシュはそれを「編曲して」出版した。

ショット社によって出版されているこの曲の楽譜においては、この曲が「モーツァルト作曲でない」ことの研究成果が説明されており、さらに1977年には著作権裁判において、カサドシュはついにこの曲が彼の作曲であることを自ら認めたのではあるが、今なおショット社はこの曲に関して「モーツァルト作曲」という体裁を決して崩しておらず、カサドシュに作曲者としての地位を与えていない。

バイオリン独奏部分はニ長調、バスはホ長調で書かれた「モーツァルトの自筆譜」と同等のものから「カサドシュの編曲」には依存せずにピアノソロ用に編曲した2楽章を演奏した。

(Mozart) Adelaide-Konzert for Piano Solo 2nd mov. by akof2 musescore.com

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トゥルンカ教授作曲「モーツァルトの『俺の尻をなめろ、きれいさっぱりと』」

 

真の作曲家、ヴェンツェル・トゥルンカ・フォン・クルゾヴィッツ(Wenzel Trnka von Krzowitz, 1739 - 1791)はチェコの医師、ブダペスト大学医学部教授、アマチュア作曲家。余技として作曲をしていたようで、彼の死後61曲のカノンが見つかり、そのうちいくつかは出版された。モーツァルトとの親交があったことが分かっている。


俺の尻をなめろ、きれいさっぱりと:モーツァルトの作品として知られている「俺の尻を舐めろ」は2曲ある。1つは、K.231 (382c) 6声カノン「Leck mich im Arsch」。タイトルを日本語に訳せは「俺の尻をなめろ」。もう1つは、K.233 (382d) 3声カノン「Leck mir den Arsch fein recht schön sauber」つまり「俺の尻をなめろ、きれいさっぱりと」である。モーツァルトの妻コンスタンツェが、モーツァルトが亡くなって困窮の中、モーツァルトの作品をかき集めて次々出版して糊口を凌いだが、1800年に出版したBreitkopf&Härtelにこの作品が収録されていて、モーツァルト作品だと考えられてきた。下品ネタの大好きなモーツァルトの真骨頂ともいうべきこれらの歌詞は、ブライトコプフ全集においては、前者の曲についてはヘルテル(Gottfried Christoph Härtel, 1763-1827)が作詞した「愉快にやろう、不平や愚痴はつまらない Laßt froh uns sein」という歌詞が、後者もヘルテル作詞の、「わたしゃ酒が何より一番 Nichts labt mich mehr als Wein」に差し替えられていた。

1988年、ヴォルフガング・プラート(Wolfgang Plath)が、"Opera incerta"学会で、K.233 (382d) 3声カノン「俺の尻をなめろ、きれいさっぱりと」について、トゥルンカによる自筆譜を発見したと発表し、この曲の真の作曲者が明らかになった。(なお、プラートの学会発表は、芸術的価値の低い作品のために研究者が少なからぬ時間と労力を注入し、資料調査のために税金を使って旅行をすることが果たして正当化できるのか?という議論のための「芸術的価値の低い作品」の例として、この作品が取り上げたのだそうだ)

ところで、”Leck mich im Arsch” (俺の尻をなめろ)は、ある意味定型的な慣用句なようで、日本語に当てはめれば「糞喰らえ!」と言ったような感じらしい。モーツァルトとその悪友のトゥルンカ教授達が、集まって悪巫山戯(ふざけ)で、こんな下品な曲を高らかに歌って楽しんでいたのではないかと想像される。曲はトゥルンカ教授作でも、歌詞はモーツァルト作だと今でも考えられている。原語では次のような歌詞であって、機械語翻訳しても、十分にそのお下劣は分かるだろう。本日は、日本語訳も付した。御笑覧アレ。

Leck mire den Arsch recht schon,
fein sauber lecke ihn,
fein sauber lecke, leck mire den Arsch
Das ist ein fettigs Begehren,
nur gut mit Butter geschmiert,
den das Lecken der Braten mein tagliches Thun.
Drei lecken mehr als Zweie,
nur her, machet die Prob’
und leckt, leckt, leckt.
Jeder leckt sein Arsch fur sich.

原曲楽譜:Canon for 3 Voices in B-flat major, K.233/382d (Mozart, Wolfgang Amadeus) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

(Mozart) Leck mir den Arsch fein recht schön sauber by akof.1 musescore.com

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参照:K.229-348

シンポジウム要旨49-1

Mozart Studies - Google ブックス

Opera incerta: Echtheitsfragen als Problem musikwissenschaftlicher Gesamtausgaben : Kolloquium Mainz 1988 : Bericht im Auftrag des Ausschusses für musikwissenschaftliche Editionen der Konferenz der Akademien der Wissenschaften in der Bundesrepublik Deutschland, 第 11 号
ISBN 3-515-05996-2、頁237から258まで。

 

モーツァルト作曲「ヴァルゼック伯爵の『レクイエム』」K.626


作曲を偽ったのはフランツ・フォン・ヴァルゼック=シュトゥパッハ(Franz von Walsegg-Stuppach, 1763-1827)オーストリアの地方都市グロッグニッツのストゥパッハ城主、貴族。

この曲は、最晩年に貧窮するモーツァルトが、匿名の人物からゴーストライティングを依頼されて、100ドゥカーテン(およそ250万円?)で請け負って作曲したものである。

1791年8月末に「灰色の服を着た使者」がモーツァルトのもとへやってきて、高額な報酬でレクイエムの作曲を依頼した。前金として半額を受け取ったモーツァルトは10月頃からその作曲に取り組むが、病に苦しみ、「自分自身のためのレクイエム」を作曲していると言いつつ、12月5日亡くなってしまう。

この匿名の依頼主が、フランツ・フォン・ヴァルゼック=シュトゥパッハという人物であったことは1964年にようやく明らかになったのだが、このヴァルゼック伯爵は、有名作曲家に作曲を依頼し、その曲を写譜したうえで、自作の曲として発表してしまう、奇妙な趣味の人物であったらしい。モーツァルトに依頼したレクイエムは、作曲依頼の前年に亡くなったヴァルゼック伯爵夫人のためのものだった。

モーツァルトは作曲半ばに亡くなってしまうが、経済的に行き詰っていたモーツァルトの妻、コンスタンツェはモーツァルトの弟子、フライシュテットラー(Jacob Freystädtler)に、次いでアイブラー (Joseph Eybler)に、さらには、ジュースマイヤー(Franz Süßmayr)に依頼して、1792年3月にレクイエムを補筆・完成させ、ヴァル¬ゼック伯爵に渡して、残りの高額報酬を受け取ることができた。ヴァルゼック伯爵は受け取った楽譜を写譜して、自身の作とした上で、1793年12月14日に、ヴィーナー・ノイシュタット市の修道院付属教会で、夫人アンナの追悼ミサを行いこの曲を指揮した。

ところで、したたかなコンスタンツェは、ヴァルゼック伯爵に隠れてレクイエムの写譜をしており、それらをBreitkopf & Härtel社やプロイセン国王に売却し、結果ブライトコプフ社から、モーツァルトの名前で1800年に出版されることになる。

モーツァルトが8小節目までを作曲し、その後をジュースマイヤーが補筆した第6曲ラクリモーザ(涙の日)の、リストによるピアノ編曲版を演奏しました。
楽譜:

Requiem in D minor, K.626 (Mozart, Wolfgang Amadeus) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

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フリース作曲「モーツァルトの子守歌 K.350/Anh.284f/Anh.C8.48」


真 Bernhard Flies, 1770 - ? ドイツの医師(他の作品は全く知られていない)。

モーツァルトの妻コンスタンツェはモーツォアルトが亡くなった後、1809年に外交官ニッセンと再婚した。ニッセンは1828年に「モーツァルト伝」を出版したが、その本の付録部に子守歌をモーツァルトの作品として記載し、コンスタンツェもモーツァルトの作品のようだと認めたことが誤りの原因だといわれている。

ドイツの歌曲研究家モックス・フリートレンダーが、ハンブルクの図書館で1795年頃の曲集の中にフリードリッヒ・ヴィルヘルム・ゴッター(Friedrich Wilhelm Gotter)作詞/フリース作曲と記載してあるのを発見し、真の作曲者が明らかになった。

参考:http://www007.upp.so-net.ne.jp/kanematsu_ped/mozart/Mozart_01.html

Partial Guide to the Memorial Library of Music Collection

 

原曲楽譜:http://imslp.org/wiki/Wiegenlied,_K.350_(Mozart,_Wolfgang_Amadeus)

ピアノソロ用編曲: フリース作曲「子守歌」吉松隆編曲  

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アンゲラー作曲「L.モーツァルトの『おもちゃの交響曲』」

真の作曲家エトムント・アンゲラー(Edmund Angerer, 1740 - 1794)はオーストリアチロル地方の作曲家、ベネディクト会神父。7曲のミサ曲(そのうち4曲はシュタムス修道院の蔵書)、5曲のオラトリオ、7曲のジングシュピールカンタータ、さらに十数曲のリートやアリア、室内楽が残っている。
偽の作曲家その1:フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Joseph Haydn, 1732 - 1809)
偽の作曲家その2:ミヒャエル・ハイドン(ヨーゼフ・ハイドンの弟)(Michael Haydn, 1737 - 1806)
偽の作曲家その3:レオポルト・モーツァルトアマデウスモーツァルトの父)(Leopold Mozart, 1719 - 1787)

 

ヨーゼフ・ハイドン説:

1813年、ライプツィヒのホーフマイスター社(Hoffmeister)から、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの作品として"Kindersymphony"(日本では「おもちゃの交響曲」とするのが定訳)が出版された。
ハイドンの研究家であるカール・フリードリヒ・ポール(Carl Friedrich Pohl)(1809-1868年)が、この「おもちゃの交響曲交響曲」を度重ね研究し、それを1788年ごろのヨーゼフ・ハイドンの作品であると推測されると発表。以降このハイドン作曲説が広く信じられ、ホーボーケン番号Hob. II:47も付与されている。一方、ヨーゼフ・ハイドン自身の作品目録に、この『おもちゃの交響曲』の記載はなく、また地方の「ベルヒテスガーデン」特有の音楽形式をウィーンのハイドンがわざわざとりあげることなど音楽形式上の疑問は多数指摘されていた。

 

ミヒャエル・ハイドン

1938年、エルンスト・フリッツ・シュミット(Ernst Fritz Schmid)という音楽研究家が、、オーストリアメルク修道院蔵書から、ミヒャエル・ハイドンの親友である P・ヴェリガント・レッテンシュタイナー(ベネディクト派)修道士が作成した『おもちゃの交響曲』の写譜が発見され、そこにはミヒャエル・ハイドン作と記されていた。
ミヒャエル・ハイドンは1763年から亡くなる1806年まで、ザルツブルク宮廷楽団のコンサートマスターや大聖堂のオルガニストを務め、ベルヒテスガーデンはザルツブルクの近郊であり、ミヒャエルがベルヒテスガーデン音楽を取り上げるのはそれほど不自然ではない。この後に、様々な手書き写譜が発見され、様々な真の作曲家説が検討されているが、これら写譜同士を比べてなお、ミヒャエル・ハイドンが真の作曲家とする説は今なおある。
しかし、楽譜に記された楽器構成は、知られているおもちゃの交響曲とは異なり、なによりおもちゃに関して何の記載もないところが、この楽譜をオリジナルと考えるには不可解な点。

 

レオポルト・モーツァルト説:

1951年、シュミットが今度は、ミュンヘンバイエルン州立図書館で、マクシミリアン・ラープという写譜家に手による、レオポルト・モーツァルトの作曲と記された、7曲からなるト長調のカッサシオン(Casatio ex G) の写譜を発見する。この7曲のうち3曲(の一部)は、「おもちゃの交響曲」と内容的に酷似していることから、一気にL・モーツァルト作曲説が広まった。

 

エトムント・アンゲラー説:

シュミットはさらに、「モーツァルト年鑑(Mozart-Jahrbuch)」の1952年号において、ハイドン研究家のロビンス・ランドン(「ハイドンのセレナード」の真の作者がホフシュテッターであることをつきとめた研究家)がチロル地方のシュタムス修道院(Stifr Stams)に、おもちゃの交響曲の手書き譜が所蔵され、作曲者名がアンゲラーになっていると主張していることを報告しているが、これはあまり注目されなかったようだ。
そして、1992年、シュタムス修道院から、1770年ごろのエドムント・アンゲラーの作曲と記された「ベルヒトルツガーデン音楽」の楽譜を発見されたという報道があった。それは、1785年ごろ、当時シュタムス修道院の修道士であり、聖歌隊指揮者でもあったシュテファン・パルセッリ(Stefan Paluselli, 1748 - 1805)による写譜で、そこには「ベルヒテスガーデン音楽」(Berchtolds-Gaden Musick)と書かれ、ベルヒテスガーデン名産の木製玩具である、カッコウ(Kuckuck)、ウズラ(Wachtel)、ラッパ(Trompete)、太鼓(Trommel)、ガラガラ(Ratsche)、雌鳥の笛(Orgelhenne)、トライアングル(Cymbelstern)が指定されている。

 

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シュテファン・パルセッリによるおもちゃの交響曲の写譜

 

 

参照:

ミステリー「おもちゃの交響曲」

偽作?疑作?

おもちゃの交響曲 - Wikipedia

「おもちゃの交響曲」の作曲者は誰? - 人生の目的は音楽だ!toraのブログへようこそ

おもちゃの交響曲

楽譜:Kindersinfonie (Angerer, Edmund) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

ピアノソロ用楽譜:「L・モーツァルトのおもちゃの交響曲1楽章」轟千尋編 

20180916PleasurePianoPlaying With YAMAHA CFX アンゲラー作曲「L.モーツアルトの『おもちゃの交響曲』」 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud