「本当の」作曲者名ってどういうことだろう……

「偽作」をテーマに、様々な偽作曲を探しているのだが、ここで「偽作とはなんぞや?」という問題に悩むことになる。できるだけ柔軟に「偽作」を扱うつもりなのだが、、、、 
例えば、今ではベルリオーズの作品として知られている、声楽曲「キリストの幼時」の第一部「羊飼いたちの別れ」をどう考えるか。この曲は当初、ベルリオーズが200年ほど前の曲を発見したかのように発表された。あとで自らそれが自作であることを告白するので、クライスラーと似たパターンでだ。ただし、クライスラーが実在する作曲家を騙ったのに対し、ベルリオーズは架空の「ピエール・デュクレ」なる作曲家を騙った。 
ベルリオーズのこの曲も偽作(だった)ととらえることができよう。「偽作」と断言してる人もいる。  
では、実在しない作曲家名義の作品は、偽作としてよいか、ここが問題になる。女性作曲家が、自身が女性であることを隠すために、偽名で曲を発表してるケースは偽作だろうか?一応、私はこれも偽作と捉えることにする。 
さて、女性作曲家の場合、欧米のこれまでの風習で、結婚すると名前が変わる。この場合、結婚前の作品の作曲家名は、結婚前の名前でなければならないか?あるいは結婚後の作品は、結婚後の名前でなければ、偽作となってしまわないのかという問題が生じる。非常に難しいが、結婚前後の名前はどちらを作曲家名としても、偽作とは言い難いように思える。 
ところが、グスタフマーラーと結婚した、生名アルマ・マリア・シンドラーは、マーラーの死後グロピウスと結婚していて、当然その時の姓はマーラーではないと思うのだが、グロビウス夫人時代の出版の作品も、作曲家名は、「アルマ・マーラー」の作品ということになっているようだ。 
それはさすがに腑に落ちない。「アルマ・マーラー」は作曲用のペンネームなのだろうか。本人がそれを認めてるのなら、そう受け止めなければなるまいが……。

とか思いを巡らしつつ、自分も編曲者名として「藤若亜子」を記していることに気づく。