シチリア舞曲の偽作曲(シリーズ2回目&シリーズ2回目)

5月は集中的にシチリア舞曲に取り組むつもり。その一方で、ピアノマニア弾き合い会では積極的に偽作曲をとりあげる予定。ということで、5月13日のピアノマニア弾き合い会では、シチリア舞曲の偽作曲ばかり取り上げた。

ドゥシュキン作曲「パラディスのシチリアンヌ」

偽られた作曲家、マリア・テレジア・フォン・パラディス( Maria Theresia von Paradies or Paradis, 1759年 - 1824年 )は、オーストリアの女性音楽家(ピアニスト、歌手 、作曲家)。幼児期に視力を失いながらも、広く演奏活動を行い、また作曲、音楽教育にも多くの功績がある。作曲においては、オペラを始めとする劇音楽、カンタータ、器楽曲と広い分野に渡って作品が残っている。1777年頃から作られた4つのピアノ・ソナタが、ピエトロ・ドメニコ・パラディーシ(Pietro Domenico Paradisi)の曲だとされてしまうなど、何かと偽作に巻き込まれてしまっている人物である。
真の作曲家サミュエル・ドゥシュキン(Samuel Dushkin, 1891年 – 1976年 )はポーランド出身のアメリカ合衆国のヴァイオリニスト。

ドゥシュキンは「パラディスのシチリアーナ」を発見したとしてこの曲を公表し、パラディスの代表作として広く世にしれることになったが、この舞曲の音楽言語が18世紀ウィーン古典派の時代様式にそぐわないことから、現在ではウェーバーのソナタ(Op.10 No.1:J.99)を原曲としたドゥシュキンの手による(編)曲だと言われている。21小節目や23小節目の、16分音符でこぶしを回すような部分が特徴的だが、どうもここが18世紀古典派のやり方ではないのかもしれないという気がする。


ドゥシュキンによる原曲はヴァイオリンとピアノのために書かれており、楽譜は imslp にある。

Sicilienne in E-flat major (Paradis, Maria Theresia von) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

原曲バージョンでの演奏:

20160903第21回関西ついぴ パラディスのシチリアーナ(ドゥーシュキン) by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

ピアノ独奏用に編曲した楽譜と演奏は次の通り。

(Dushkin) Paradis Sicilienne - for Piano solo by akof musescore.com

20170513 ピアノマニア弾き合い会 パラディスのシチリアーナ(ドゥシュキン) by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

 

ドゥシュキンが元ネタに使った、Carl Maria von Weberの6つのソナタOp.1, No.1, 2楽章Romanzeについてもごく荒っぽくピアノで弾けるようにして(下記)、弾いてみた。16分音符の「こぶし」の部分はほぼそのままである。Romanzeというタイトルにふさわしいゆったりとした曲想なのだが、それにしては曲展開がせわしなさ過ぎる印象である。その点、ドゥシュキンの編曲が上手いと私は思う。

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20170513 ピアノマニア弾き合い会 ウェーバー ソナタ Op.10 No1 2楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

 

クライスラー作曲「フランクールのシチリアンヌ」

偽られた作曲家フランソワ・フランクール(François Francœur、1698年 - 1787年 )は、フランスの作曲家。ヴァイオリンソナタやオペラの作品がいくつか残っている。

真の作曲家は、ドゥシュキンが師事したこともあるフリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler, 1875年 - 1962年 )は、オーストリア出身(後にフランスを経てアメリカ国籍)の世界的ヴァイオリニスト、作曲家。

クライスラーは、演奏旅行をしながら各地の図書館の古い楽譜をあたり、ヴィヴァルディ、バッハ、クープランなどバロック派以前の有名な作曲家の未発表作品を見つけ出し、編曲して数多くの発表していた。クライスラーがジョセフ・ラナーの曲を発表した時、ベルリンの評論家、レオポルド・シュミットは、その作品の演奏に対して、「曲はシューベルトに匹敵するものと称えつつ、一方でクライスラーの演奏はその曲の良さにそぐわない無神経なものだとこきおろした。クライスラーは、それに対して、「ラナーの作品がシューベルトに匹敵するなら、それを書いた私がシューベルトだ」と反論したという。(その当時シュミットはそのことを取り上げなかったが、後年クライスラーが偽作について全てを告白した時にそのことも明らかになった)

実際のところ、クライスラーの古典派を騙った作品は、その時代の様式には全く従っていなかったということで、多くの評論家たちはそれに気付かず評論していたということになる。

クライスラーが作曲した「フランクールのシチリアンヌ」のピアノソロ用編曲と演奏は下の通り。上のドゥシュキン作曲「パラディスのシチリアンヌ」以上に目まぐるしく和音が変化しており、古典派というより、ロマン派の曲だと言われても違和感はあまりない。

 

(Kreisler) Francoeur - Siciliana for piano solo by akof musescore.com

20170513 ピアノマニア弾き合い会 フランクールのシチリエンヌ(クライスラー) by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

クライスラーは、自作に他の作曲家の名前を冠した理由として、自作曲ばかりだと曲が注目されないからという主旨のことを言ったそうだ。これと同様の主旨のことは、(ポンセに偽作曲を書かせた)セゴビアや、(偽作を自作自演した)ヴァヴィロフも言っており、20世紀にはそういう「同じ作曲家ばかりとりあげる」ことを馬鹿にする風潮が音楽界にあったことをうかがわせる。

またクライスラーは、偽作についての非難に対し、(作曲家の)名前が変わろうとも、曲そのものの価値は不変であるとも述べている。有名な作曲家の名曲が、実は(名もなき)別の人物の手による偽作曲であると判明した途端、演奏機会が極端に減るということはあちこちで指摘されている(し、無名というわけではないが、日本でも新垣氏が佐村河内氏のゴーストライティングをしていたことが判明した途端、それら偽作曲の楽譜もCDも市場から完璧に消えた)が、クライスラーのこの言葉に私も同意する。

 

作曲者不詳=ケンプ編曲「バッハのフルートソナタ2番 BWV1031 2楽章」

もともとはヨハン・セバスチャン・バッハJ.S.バッハ)の作品とされてきたが、J.S.バッハの研究者から、J.S.バッハが用いなかったはずの技法がこの曲にはあると指摘され、J.S.バッハの作品ではないと看做されるようになった。そして、J.S.バッハの息子の1人、カール・フィリップエマヌエル・バッハの若き日の作品ではないかと暫くは言われていた。ところが、カール・フィリップエマヌエル・バッハの研究者からも、彼が使わない技法があると指摘され、この曲の作曲者がいよいよ分からなくなってしまった。今では、J.S.バッハの弟子が造った元曲を、J.S.バッハ達が監修するなどして手をいれたのではないかという、「バッハ・プロダクション」的な組織的な作曲集団が想像されることが多いようだ。

元曲は、フルートの伸びやかな旋律を、チェンバロの軽やかな伴奏が支える曲構造だが、ケンプが曲想を活かしつつ現代のピアノ用にしっかり手を入れた編曲が秀逸である。曲は素晴らしいが、演奏は曲の良さにそぐわない無神経なものだ。なお、この演奏では一部(24-25小節目および30-31小節目)、原曲に忠実なアルカンの編曲をとりいれている。

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