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障害者の「障害」が、不利になる時とは

健常者に勝った義足の陸上選手が巻き起こした議論 最先端技術による身体能力向上はどこまで行くのか:JBpress(日本ビジネスプレス) という記事を読んで思ったことをつらつらと。


記事の最後に義手でピアノ演奏することについて書いてあるけど、楽曲演奏はどんな弾き方をしても結果よい演奏ができるのなら、そこに事実上ルールはないのでそれは構わない。


が、スポーツの厄介なところは人為的に「手段」にルールを設けてるところ。健常者用手段ルールと障害者用手段ルールが違うのに一緒に競技させれば、競技運営上の衝突が出るのは当たり前なわけで。

障害者用ルール適用者は健常者用ルールの競技から排除するというのは確かに解決方法の一つだけれども、健常者ルールを緩和して障害者の用いる器具と同じもの使ってよいと緩和するという解決方法もありうる。ただし、これまでのルールでの記録推移とは不連続的な結果が出るかも知れないことは覚悟しておくべきだろう。(でもそういうルール変更は実はしょっちゅうやってるよね?)

 

 

 

昔から抱いている野望?をこの際書いておこう(自分一人ではどうせ実現できないので)。

 

人力飛行機は普通脚で漕ぐ。腕は継続的なパワーを発揮するのに脚より不利だ。だから、手漕ぎの人力飛行機というのは成功例がない(と思う。多分)。だから脚に障害のある人は人力飛行機のエンジンパイロットとして不利な身体と思われてるわけだが、よく考えたまえ、両脚が無ければそれだけ「軽い」のだ。飛行に有利な面もある。

だから私としては両脚がない人の、手漕ぎ人力飛行の可能性というのはあると思ってる。野望と言うのは、そのプロジェクトに参画したいということだ。