「本当の」作曲者名ってどういうことだろう……

「偽作」をテーマに、様々な偽作曲を探しているのだが、ここで「偽作とはなんぞや?」という問題に悩むことになる。できるだけ柔軟に「偽作」を扱うつもりなのだが、、、、 
例えば、今ではベルリオーズの作品として知られている、声楽曲「キリストの幼時」の第一部「羊飼いたちの別れ」をどう考えるか。この曲は当初、ベルリオーズが200年ほど前の曲を発見したかのように発表された。あとで自らそれが自作であることを告白するので、クライスラーと似たパターンでだ。ただし、クライスラーが実在する作曲家を騙ったのに対し、ベルリオーズは架空の「ピエール・デュクレ」なる作曲家を騙った。 
ベルリオーズのこの曲も偽作(だった)ととらえることができよう。「偽作」と断言してる人もいる。  
では、実在しない作曲家名義の作品は、偽作としてよいか、ここが問題になる。女性作曲家が、自身が女性であることを隠すために、偽名で曲を発表してるケースは偽作だろうか?一応、私はこれも偽作と捉えることにする。 
さて、女性作曲家の場合、欧米のこれまでの風習で、結婚すると名前が変わる。この場合、結婚前の作品の作曲家名は、結婚前の名前でなければならないか?あるいは結婚後の作品は、結婚後の名前でなければ、偽作となってしまわないのかという問題が生じる。非常に難しいが、結婚前後の名前はどちらを作曲家名としても、偽作とは言い難いように思える。 
ところが、グスタフマーラーと結婚した、生名アルマ・マリア・シンドラーは、マーラーの死後グロピウスと結婚していて、当然その時の姓はマーラーではないと思うのだが、グロビウス夫人時代の出版の作品も、作曲家名は、「アルマ・マーラー」の作品ということになっているようだ。 
それはさすがに腑に落ちない。「アルマ・マーラー」は作曲用のペンネームなのだろうか。本人がそれを認めてるのなら、そう受け止めなければなるまいが……。

とか思いを巡らしつつ、自分も編曲者名として「藤若亜子」を記していることに気づく。

偽作曲(シリーズ3回目:偽作と金)

体調の問題で予定より2ヶ月延びてしまったが偽作シリーズの第3回目である。

 

ホフシュテッター作曲「ハイドンのセレナーデ Hob.III:17 ; Op.3 No.5」(弦楽四重奏曲 第17番へ長調から 第2楽章)


真の作曲家、ロマン・ホフシュテッター(Roman Hoffstetter, 1742年 - 1815年)は、オーストリアのベネディクト会の修道士。作曲はアマチュアハイドン作にされてしまった6曲の弦楽四重奏曲の他、10曲のミサ曲をはじめとする教会音楽、器楽曲が残っている。
偽わられた作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn, 1732年 - 1809年)はオーストリアの作曲家、数多くの交響曲弦楽四重奏曲を作曲し、交響曲の父、弦楽四重奏曲の父と呼ばれている。弦楽四重奏曲第77番第2楽章にも用いられた皇帝讃歌「神よ、皇帝フランツを守り給え」の旋律は、現在ドイツ国歌(ドイツの歌)に用いられている。彼の名前を冠せられた偽作曲も数多くあり、ホーボーケン番号が付いていながら偽作と看做されている曲が約40タイトルある。


『6つの弦楽四重奏曲』(Op.3、Hob.III:13~18)は、ハイドン公認のもと、1801年にプレイエルから出版されたハイドン弦楽四重奏全集に収録されていたため、長い間ハイドン作だと信じられていた。実際には、ハイドンを崇拝し、ハイドンの作風を参考にロマン・ホフシュテッターが書いた曲を、1777年にパリのベユー社が、当時人気を博していたハイドンの名前を勝手に偽って出版してしまったのが真相だ。ベユー社は、ホフシュテッターの作品以外にも、別人の作品をハイドン作として出版するいわくつきの出版社であったようだ。ホフシュテッターは作曲について正当な対価を得られず、経済的には大変困窮していたということだ。

これら6曲の弦楽四重奏は、ハイドンの作風との違いから1939年ごろから偽作の疑いを指摘されていたようだが、1964年に、アラン・タイソン(Alan Tyson)とロビンズ・ランドン(Howard Chandler Robbins Landon)という音楽学者がベユー版の原版を探し出し、作品3-1と3-2の2曲に作曲者名を消した跡を見つけた。それが偽作の決定的な証拠となり、その他のいくつかの証拠からホフシュテッターの作品であることが明らかになった。ハイドン作品として出版されてから187年経ってようやく真の作曲家が明らかになったのだ。

なお、今日一般的にはこれらの弦楽四重奏曲は、Op.3ということになっているが、ハイドンの時代には出版社が勝手気ままに作品番号を充てたりしていたようで、ベユー社版ではOp.26が充てられていたとのことだ。

参考:ハイドン研究室、弦楽四重奏曲の部屋別室


弦楽四重奏曲としての楽譜:String Quartet in F major, Hob.III:17 (Hoffstetter, Roman) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

ハイドンのセレナード」は、あまりに有名で、ピアノ編曲版も数えきれないほど出されているが、私なりに編曲してみた。

(Hoffstetter) Haydn - Serenade for strings for Piano by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ハイドンのセレナード(ホフステッター)」 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud


作曲者不詳「ヘンデルのヴァイオリンソナタ ヘ長調(第3番)HMV370 Op.1-12」2、3楽章

偽られた作曲家ジョージ・フリデリック・ハンデルGeorge Frideric Handel, 1685年 - 1759年)は、ドイツ生まれでイギリスに帰化した作曲家。日本ではドイツ語名の方の「ヘンデル」の方が一般的だ。オペラ、オラトリオなど劇場用の曲を多数書き、イギリスで名声を築いた。オラトリオ「メサイア」、管弦楽組曲「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」は現在も人気曲と言えるだろう。一方、真の作曲家は、恐らくヘンデルと同時代の作曲家であろうが、それが誰なのかを知る手掛かりは一切残っていない。

ヘンデルのヴァイオリンソナタは一般的には6曲とされているが、そのうち4曲は偽作でヘンデルの手によるものではないとされている。ヘンデルのヴァイオリンソナタの最初の出版譜は大英図書館に収められているが、ロジェ版(1730年頃の出版)のHMV372イ長調(第5番)Op.1-14、HMV373ホ長調(第6番)Op.1-15には、出版当時の筆跡で「注意,これはヘンデル氏のものではない」(“NB. This is not Mr. Handel's”)と書かれているおり、ウォルシュ版(1732年)のHMV368ト短調(第2番)Op.1-10、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12当時の筆跡で「ヘンデル氏のソロではない」(“Not Mr. Handel's Solo")と書かれているとのことで、出版当時から大人気作曲家ヘンデルの作品ではないものが、ヘンデル作と偽って楽譜掲載されていることは知られていたらしい。

一般的に、偽作曲疑惑の大抵の決め手は作曲家自身のオリジナル手稿なので、同様にこの大英図書館収蔵の楽譜の“NB. This is not Mr. Handel's”、“Not Mr. Handel's Solo"の書き込みがなされている現物写真を探したのだが、それを見つけることはできなかった。Early Music Performer Issue 11, March 2003 のようなちゃんとした論文にも書かれていることなのでガセの話ではないとは思うが、真贋論争の資料なのだから写真証拠を示すぐらいのことはして欲しいと個人的には思う。

さて、この偽「ヘンデルのヴァイオリンソナタ」4曲が世に出たのは、ヘンデル人気で稼ごうとした出版社の画策によるものであることが分かっている。オランダのジャン・ロジェ出版社のディストリビューターだったウォルシュという人物は、12曲が収められた「ヘンデル作曲の」ソロソナタ集をロジェ社に無断で出版した(ロジェ版と呼ばれているが、ロジェ社の出版ではなく、今でいう海賊版のようなものである)。このロジェ版は問題になったようで、ウォルシュは1732年にヘンデルと正式に楽譜出版契約を結び、ロジェ版掲載の非ヘンデル作のヴァイオリンソナタ2曲(HMV372イ長調(第5番)Op.1-14、HMV373ホ長調(第6番)Op.1-15)を、別のヴァイオリンソナタ2曲に差し替え再度「ヘンデル作曲の」ソロソナタ集を出版した。この正式契約に基づく出版の方がウォルシュ版と呼ばれている。しかし、新たに採録されたHMV368ト短調(第2番)Op.1-10と、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12もやはり偽作だったというわけである。

なお、これらのヴァイオリンソナタにOp.1がついているのは、ヘンデルの作曲時期が早かったからではない。ヘンデルの時代には出版された作品全てに作品番号が付されたわけではなく、まとまって出版された作品には作品番号が付されることが多かった。ヘンデルの場合は協奏曲集、ソナタ集、オルガン曲集に作品番号が付され、7番まである。そして、いわくつきのソナタ作品集にOp.1がついた経緯は、ウォルシュが1734年以降の新聞広告Op.1と銘打ったからで、1879年にクリュザンダー(Chrysander)という出版社が出版したヘンデル全集(旧全集)第27巻で,ロジェ版とウォルシュ版の両方を合わせ, さらに現在のOp.13にあたる1749年頃のヴァイオリン・ソナタを加え, 全15曲(Op.1-1の異稿を含むと全16曲)からなる「Op.1」を構成したのが定着したということのようだ。

参考:

ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集 作品についてのノート

ヘンデルのプログラムノート : Flauto diritto

ヘンデルの作品


弦楽四重奏の楽譜:Violin Sonata in F major, HWV 370 (Handel, George Frideric) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

さて、この偽「ヘンデルのヴァイオリンソナタ」を紹介する上で、わざわざピアノソロで演奏する意味がありそうな曲を選ぶのに苦慮した。ピアノでその雰囲気が出そうな曲として、HMV370ヘ長調(第3番)Op.1-12の2楽章を選んで編曲してみた。

Violon Sonata in F Major 2nd mov. for piano solo (Opus 1 No. 12) by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ヘンデルのバイオリンソナタ3番」2楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

が、紹介するに相応しい佳い曲となると、その3楽章の方のような気がしたので、ろくな編曲ではないが、こちらも掲げておく。

Handel - Violin Sonata in F Major mov.3 for Piano Solo (Opus 1 No. 12) by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「ヘンデルのバイオリンソナタ3番」3楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud


ポンセ作曲「ヴァイスのバレエ」

偽られたシルヴィウス・レオポルト・ヴァイス(Sylvius Leopold Weiss, 1687年 - 1750年)は、ドイツ後期バロック音楽の作曲家・リュート奏者。多数のリュート曲を書いており、現在も800曲以上が残っている。
真の作曲家マヌエル・マリア・ポンセ・クエラル(Manuel María Ponce Cuéllar, 1882年 - 1948年)は、メキシコの作曲家・音楽教師、ピアニスト。200曲以上のピアノ曲の他、ギター曲、器楽曲を多数残している。メキシコの国民的作曲家であり、1948年にはミゲル・アレマン大統領から「芸術科学国家賞」を音楽家として初めて受賞した。

ポンセは1925年から渡欧し、パリ音楽院でポール・デュカに作曲を師事し、また同地でギター奏者のアンドレス・セゴビアと親交を結んだ。セゴビアは彼の演奏会用の作品をポンセに多数委嘱したが、セゴビアは演奏会が(非ヨーロッパ人の)ポンセ作品ばかりになるのを気にして、バロック時代風や古典派時代風の偽作をポンセに依頼する。

そうした偽作に、ヴァイスの「バレエ」、ヴァイスの「前奏曲ホ長調」、スカルラッティの「古風な組曲」、ヴァイスの「組曲イ短調」がある。セゴヴィアがこれらを演奏して人気を博すと、こうした「古典曲」は著作権上の保護を受けないため、その演奏からすぐに楽譜が起され多数の出版がなされたようだ。一方、ポンセはそうした出版から何ら報酬を受けられず、彼自身は当時困窮を極めた生活を送ったと伝えられている。


参考:

ポンセの偽作について

Manuel Ponce and the Suite in A minor: Its Historical Significance and an Examination of Existing Editions

PONCE, M.M.: Guitar Music, Vol. 2 - Suite in D Major / Suite in A Minor (Holzman)

ポンセのギター曲の楽譜:PDF Classical Guitar Score DVDRom

ピアノ編曲にあたって、カノン化した。

(Ponce) Weiss - Balletto by AkoFujiwaka musescore.com


4声化した編曲も作ってみたが、演奏が難しい割に原曲の良さが薄れてしまって効果が乏しい気がする。

(Ponce) Weiss - Balletto four-voices for piano by AkoFujiwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

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今回のテーマ「お金」から離れて、演奏機会に恵まれたのでOne More Thingな1曲。

マレー作曲「リュリのガボット

偽られた作曲家、ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste de Lully'、1632年 - 1687年)は、イタリア生まれで、フランスに帰化した作曲家。ルイ14世に気に入られて国王付き器楽曲作曲家に任命され、宮廷貴族向けのバレ、コメディ・バレ、トラジェディ・リリック、オペラで人気を博し、数多くの作品を書いて、宮廷舞曲の音楽形式を大きく変えた。一説によれば、弦楽器の弱音器使用を楽譜で明示したのはリュリが最初だということである。
真の作曲家、マラン・マレー(Marin Marais、1656年 - 1728年)は、フランスの作曲家、指揮者、バス・ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者。オペラと、数多くのヴィオール作品を残している。ルイ14世の宮廷のヴィオール奏者になっており、リュリより若いが活躍した時期は一部重なっている。

スズキメソードヴァイオリン指導曲集2巻10番、あたらしいバイオリン教本第2巻26番やに「リュリ作曲のガボット」として収録されているため、大半のバイオリニストにはお馴染みの有名曲だが、リュリが書いた楽譜は残っていない。マレーが1686年に出版した、ヴィオール曲集第1巻の第24曲「ロンド」がこの原曲だと言われている。厄介なことにその通奏低音は1689年に出版された別の楽譜に収録されている。

マレーのヴィオール曲集第1巻の楽譜:Pièces de viole, Livre I (Marais, Marin) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

マレー作曲のロンドが、いつどのような経緯で「リュリ作曲のガボット」として知られるようになってしまったのかはよく分かっていない。「スズキの教本に誤って収録した鈴木貞一が悪い」という意見が海外の掲示板でさえも見られるが、鈴木貞一が生まれるより前の1800年代には「リュリ作曲のガボット」として出版されているので、鈴木貞一の責任ではないことだけは確かだ。

マレーの残したヴィオール曲集第1巻の第24曲「ロンド」とその通奏低音を、できるだけ忠実に取り入れて、ヴィオラとピアノ用に編曲した。musescoreには移調機能があるので、5度あげればヴァイオリン演奏用にも使えるはずだ。

(Marais - Pièces de viole, Livre I #24 Rondeau) Lully - Gavotte by akohuziwaka musescore.com


2017年7月16日ピアノマニア弾き合い会でのなんちゃって演奏

20170716ピアノマニア弾き合い会「リュリのガボット(マレー)」 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

編曲はそんな容易いものじゃない

5月下旬に健康上の問題が発生し、合奏の約束や、弾き合い会のエントリーを全てキャンセルする事態となってしまった。各方面に迷惑をかけてしまった。

療養中は編曲ぐらいしようかと思っていたが、体調不良の時はその気力も起きないもので、結局何もしないまま、時が過ぎ、ようやく休養明けとなって、ピアノ練習も再開しはじめた。元から下手なのは言うまでもないが、練習を休むととんでもない惨状になるが、ある意味自分の何がダメなのかがより明確になるとも受け止めたりしてる。

私のだめなところは、端的に、ピアノ演奏の経験値が低いことで、定型的な音の移行について、手が全くついていかないことである。いちいち指使いを考えなくても、無理のない運指がほぼ初見でできるのだから、それが典型的な曲展開であることは分かっているのだ。しかし、それが全く弾けないのは、そうした典型的な進行の曲さえ、ろくに練習がなされてないから手に馴染んでないだけのことなのだ。

 

閑話休題シチリア舞曲や、偽作曲を手掛けきてるわけだが、これらの多くはピアノ曲ではないので、ピアノ用の編曲が必要になる。これらは有名曲なのでピアノ編曲も数多くあると予想されるので、楽譜を探すわけだが、「てんで分かってない」編曲が世の中に溢れかえっていて呆れる。

原曲の音をできるだけそのままピアノ用楽譜に持ってきて、指がとどくように音を減らして「編曲でござい」というのばかりなのである。そんな単純作業はいまや機械でできるはずだが、ピアノは他の楽器とはその特性が違うのだから、そんな単純移植しただけでは曲をつまらなくするだけなのに。そういうのは原作の冒涜だろうと思う。

酷い「編曲もどき」の例をあげると色々問題が生じるだろうから、ちっとは頭を使った方を紹介しよう。

ハイドン作、あるいはレオポルトモールアルト作だとされた偽作曲「おもちゃの交響曲」のピアノ編曲版はそこここに転がっているが、その殆どは左手での8分音符の同音連打が延々と続くおバカ編曲である。この曲の「曲想」をしっかり受け止めて編曲すると、例えばこうなる。

www.youtube.com

 zen-on piano solo PP-564 レオポルトモーツァルト:おもちゃの交響曲 全音楽譜出版社

編曲は轟千尋氏だそうだ。全音ピアノピース(PP-564) 『レオポルト・モーツァルト:おもちゃの交響曲』

とはいえ、何をどうやっても、原曲の味をそのまま活かしてピアノ曲にはならないと思える曲もあって、ヴィヴァルディの合奏協奏曲 RV 565 2楽章はどうにもならないと諦めた。ダメな編曲の典型的な形である。

 

Vivaldi RV565 Concerto in D Minor 2nd mov. for Piano Solo by akof musescore.com

 


しかし、

チェロとハープのデュエット用の編曲

Concerto V in D Minor (BWV 596) for Cello & Harp by Mike Magatagan musescore.com

 

 を聴いて、この曲をこんな素敵に編曲ができるのか思わされた。ならば、ピアノ編曲ならどういう形が可能かと、自分がこれまでに編曲した曲、これから編曲しようとしてる曲のピアノ編曲版を探して学ぼうと考えた。

そこで見つけたのが、

www.youtube.com


Caccini "Ave Maria" カッチーニアヴェマリア 吉松隆編曲 

である。打ちのめされた。これを聴いて祈らずにはおれようか。プロの編曲とはここまでやるのか。楽譜はこれである。

ピアノ編曲集 吉松隆 アヴェマリア/子守歌 楽譜 – 2010/7/29 吉松 隆 (編集), 田部 京子 (編集) 

いきなり、こんな具合にはいくはずもないが、改めてヴィヴァルディの合奏協奏曲 RV 565 2楽章に取り組んで、こうなった。

Vivaldi RV565 Concerto in D Minor 2nd mov. for Piano Solo by AkoFujiwaka musescore.com

まだまだ満足はいかないが、これが第1歩である。

 

ポンセのギター曲「バレエ」は、カノンを導入して編曲した。

(Ponce) Weiss - Balletto by AkoFujiwaka musescore.com

これなら人に見せても許されるだろうレベルではないだろうか。


しかし……数々の名編曲を残したGodowskyにも、こんな怪作があるのだぁ。
Symphony No.40 in G minor, K.550 for piano solo

被害者のプライバシー

日本の刑法なんて、ガタガタのボロボロだし、その運用ときたらデタラメだけれど、敢えてそれを参照するならば。

 

性犯罪の被害者のプライバシー(伏せた「姓」など)を暴いたり、暴いたと称する噂の内容を公然と示すことは、犯罪だ。名誉毀損罪は、親告罪ではあるが、親告がなければ公訴を提起できないというだけで、親告がなくても罪に当たる行為は犯罪のはずだ。

 

一方、性犯罪の加害者と疑われてる人物の、疑われている未だ起訴されていない犯罪に関わる、立証可能な「事実」を指摘することは、名誉毀損にはならない。

 

疑われている犯罪そのものが結果的には真実としては存在しない可能性があっても、法はそのように規定しているので、被害者の未公表の個人名を暴くのは犯罪で、加害の被疑者の個人名を示すことについては、然るべき文脈であれば犯罪になることを免れうる。

 

単にそれが現行の法律でのルールというだけだ。

 



 

シチリア舞曲の偽作曲(シリーズ2回目&シリーズ2回目)

5月は集中的にシチリア舞曲に取り組むつもり。その一方で、ピアノマニア弾き合い会では積極的に偽作曲をとりあげる予定。ということで、5月13日のピアノマニア弾き合い会では、シチリア舞曲の偽作曲ばかり取り上げた。

ドゥシュキン作曲「パラディスのシチリアンヌ」

偽られた作曲家、マリア・テレジア・フォン・パラディス( Maria Theresia von Paradies or Paradis, 1759年 - 1824年 )は、オーストリアの女性音楽家(ピアニスト、歌手 、作曲家)。幼児期に視力を失いながらも、広く演奏活動を行い、また作曲、音楽教育にも多くの功績がある。作曲においては、オペラを始めとする劇音楽、カンタータ、器楽曲と広い分野に渡って作品が残っている。1777年頃から作られた4つのピアノ・ソナタが、ピエトロ・ドメニコ・パラディーシ(Pietro Domenico Paradisi)の曲だとされてしまうなど、何かと偽作に巻き込まれてしまっている人物である。
真の作曲家サミュエル・ドゥシュキン(Samuel Dushkin, 1891年 – 1976年 )はポーランド出身のアメリカ合衆国のヴァイオリニスト。

ドゥシュキンは「パラディスのシチリアーナ」を発見したとしてこの曲を公表し、パラディスの代表作として広く世にしれることになったが、この舞曲の音楽言語が18世紀ウィーン古典派の時代様式にそぐわないことから、現在ではウェーバーのソナタ(Op.10 No.1:J.99)を原曲としたドゥシュキンの手による(編)曲だと言われている。21小節目や23小節目の、16分音符でこぶしを回すような部分が特徴的だが、どうもここが18世紀古典派のやり方ではないのかもしれないという気がする。


ドゥシュキンによる原曲はヴァイオリンとピアノのために書かれており、楽譜は imslp にある。

Sicilienne in E-flat major (Paradis, Maria Theresia von) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

原曲バージョンでの演奏:

20160903第21回関西ついぴ パラディスのシチリアーナ(ドゥーシュキン) by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

ピアノ独奏用に編曲した楽譜と演奏は次の通り。

(Dushkin) Paradis Sicilienne - for Piano solo by akof musescore.com

20170513 ピアノマニア弾き合い会 パラディスのシチリアーナ(ドゥシュキン) by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

 

ドゥシュキンが元ネタに使った、Carl Maria von Weberの6つのソナタOp.1, No.1, 2楽章Romanzeについてもごく荒っぽくピアノで弾けるようにして(下記)、弾いてみた。16分音符の「こぶし」の部分はほぼそのままである。Romanzeというタイトルにふさわしいゆったりとした曲想なのだが、それにしては曲展開がせわしなさ過ぎる印象である。その点、ドゥシュキンの編曲が上手いと私は思う。

f:id:akof:20170515223640j:image

20170513 ピアノマニア弾き合い会 ウェーバー ソナタ Op.10 No1 2楽章 by AkoFujiwaka | Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

 

クライスラー作曲「フランクールのシチリアンヌ」

偽られた作曲家フランソワ・フランクール(François Francœur、1698年 - 1787年 )は、フランスの作曲家。ヴァイオリンソナタやオペラの作品がいくつか残っている。

真の作曲家は、ドゥシュキンが師事したこともあるフリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler, 1875年 - 1962年 )は、オーストリア出身(後にフランスを経てアメリカ国籍)の世界的ヴァイオリニスト、作曲家。

クライスラーは、演奏旅行をしながら各地の図書館の古い楽譜をあたり、ヴィヴァルディ、バッハ、クープランなどバロック派以前の有名な作曲家の未発表作品を見つけ出し、編曲して数多くの発表していた。クライスラーがジョセフ・ラナーの曲を発表した時、ベルリンの評論家、レオポルド・シュミットは、その作品の演奏に対して、「曲はシューベルトに匹敵するものと称えつつ、一方でクライスラーの演奏はその曲の良さにそぐわない無神経なものだとこきおろした。クライスラーは、それに対して、「ラナーの作品がシューベルトに匹敵するなら、それを書いた私がシューベルトだ」と反論したという。(その当時シュミットはそのことを取り上げなかったが、後年クライスラーが偽作について全てを告白した時にそのことも明らかになった)

実際のところ、クライスラーの古典派を騙った作品は、その時代の様式には全く従っていなかったということで、多くの評論家たちはそれに気付かず評論していたということになる。

クライスラーが作曲した「フランクールのシチリアンヌ」のピアノソロ用編曲と演奏は下の通り。上のドゥシュキン作曲「パラディスのシチリアンヌ」以上に目まぐるしく和音が変化しており、古典派というより、ロマン派の曲だと言われても違和感はあまりない。

 

(Kreisler) Francoeur - Siciliana for piano solo by akof musescore.com

20170513 ピアノマニア弾き合い会 フランクールのシチリエンヌ(クライスラー) by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

クライスラーは、自作に他の作曲家の名前を冠した理由として、自作曲ばかりだと曲が注目されないからという主旨のことを言ったそうだ。これと同様の主旨のことは、(ポンセに偽作曲を書かせた)セゴビアや、(偽作を自作自演した)ヴァヴィロフも言っており、20世紀にはそういう「同じ作曲家ばかりとりあげる」ことを馬鹿にする風潮が音楽界にあったことをうかがわせる。

またクライスラーは、偽作についての非難に対し、(作曲家の)名前が変わろうとも、曲そのものの価値は不変であるとも述べている。有名な作曲家の名曲が、実は(名もなき)別の人物の手による偽作曲であると判明した途端、演奏機会が極端に減るということはあちこちで指摘されている(し、無名というわけではないが、日本でも新垣氏が佐村河内氏のゴーストライティングをしていたことが判明した途端、それら偽作曲の楽譜もCDも市場から完璧に消えた)が、クライスラーのこの言葉に私も同意する。

 

作曲者不詳=ケンプ編曲「バッハのフルートソナタ2番 BWV1031 2楽章」

もともとはヨハン・セバスチャン・バッハJ.S.バッハ)の作品とされてきたが、J.S.バッハの研究者から、J.S.バッハが用いなかったはずの技法がこの曲にはあると指摘され、J.S.バッハの作品ではないと看做されるようになった。そして、J.S.バッハの息子の1人、カール・フィリップエマヌエル・バッハの若き日の作品ではないかと暫くは言われていた。ところが、カール・フィリップエマヌエル・バッハの研究者からも、彼が使わない技法があると指摘され、この曲の作曲者がいよいよ分からなくなってしまった。今では、J.S.バッハの弟子が造った元曲を、J.S.バッハ達が監修するなどして手をいれたのではないかという、「バッハ・プロダクション」的な組織的な作曲集団が想像されることが多いようだ。

元曲は、フルートの伸びやかな旋律を、チェンバロの軽やかな伴奏が支える曲構造だが、ケンプが曲想を活かしつつ現代のピアノ用にしっかり手を入れた編曲が秀逸である。曲は素晴らしいが、演奏は曲の良さにそぐわない無神経なものだ。なお、この演奏では一部(24-25小節目および30-31小節目)、原曲に忠実なアルカンの編曲をとりいれている。

soundcloud.com

 

シチリア舞曲(シリーズ1回目)

「マニアックなピアノ曲を弾く会」で「イタリア」をテーマに何か演奏してくださいというお題が出たのだけど、困ってしまった。というのも、私はイタリア語も分からないし、イタリアに旅行に行ったこともない。イタリアの何かを表せるような文化的な繋がりが全くないのだ。

それても、テーマを何とかシチリア舞曲にしようと絞り込んで色々調べ始めた。イタリアのシチリア半島に起源を持つ舞曲で、ルネサンス期の終わり頃、16世紀にはこの形式の曲が残っている。

その形式は、8分の6拍子、ないしは8分の12拍子で、♩♪の付点リズムを基調とする(おそらく弦楽器の)伴奏が、シャーンシャン、シャーンシャンと刻んでいる上を、単旋律の楽器がこれまた特有の付点リズムをテーマにした、たゆたうメロディを物哀しく歌うというものだったようだ。

ルネサンス音楽バロック音楽に数多くのシチリア舞曲が書かれ、遅くとも古典派の時期にはシチリア地方どころかイタリア半島から離れた国の作曲家がこの形式の曲を書き始めたようだ。すると、シチリア舞曲の元々の形式は次第に緩んできて、8分の6の付点リズムのゆったりした曲ならシチリア舞曲だろという感じになってきたようだ。私の耳にはバルカローレとの差異があまり無いような曲もある。

シチリアとは何の縁もなさそうな(イタリアから見て)外国人が、伝統や形式を奔放に解釈して作った曲を、イタリアのことをよく知らない日本人の私が日本人の観客相手に演奏するのは、まぁ許されるのではないかと勝手に思った次第。

5月6日に開かれた第24回関西ツイッターピアノの会では、イタリアのオリジンから離れて自由に書かれたシチリア舞曲をとりあげた。

モーツァルト ピアノ協奏曲23番 K.488 2楽章 Adagio

古典派、オーストリアモーツァルト作曲の ピアノ協奏曲23番 K.488 2楽章 Adagioは、独走ピアノとオーケストラ伴奏のために書かれたシチリア舞曲形式の曲である。8分の6拍子、ゆったりとした独特の付点リズムは堅持されているが、独走も伴奏もバロック音楽時代のシチリア舞曲とは一線を画す自由さ、豊かさである。

ピアノ協奏曲であるからと、アマチュアピアノ奏者がこの名曲を弾かずにいるのはあまりに勿体無い。私が演奏したピアノソロ用の編曲の楽譜は

Mozart K.488 Piano Concerto #23 in A 2nd mov. Adagio for piano solo by akof musescore.com


においてある。

この編曲は演奏会用にかなり欲張った内容になっているが、もう少し気軽に弾きたいのなら、これよりシンプルにまとまった Reinecke 編曲版をお勧めしたい。imslpに置いてある。 

Piano Concerto No.23 in A major, K.488 (Mozart, Wolfgang Amadeus) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music
(pdfへの直接リンク:http://ks.imslp.info/files/imglnks/usimg/b/b4/IMSLP257555-PMLP15393-Mozart_Piano_Concerto_No23_in_A_major_K488__2H_Reinecke_.pdf

第24回関西ツイッターピアノの会@和歌山緑風舎での私の演奏が

20170506 第24回関西ついぴ モーツァルト ピアノ協奏曲23番K.488 2楽章 by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

においてある。

ボウエン シチリアーノ Op.128, No.1

後期ロマン派、イギリスのボウエンが作曲したこの曲は、旋律部分が単音ではなく、和音になっていて、シチリア舞曲に染み付いた「物哀しさ」から、さらに独特の風合いを出している。

楽譜はimslpにある

Siciliano and Toccatina, Op.128 (Bowen, York) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

 第24回関西ツイッターピアノの会@和歌山緑風舎での私の演奏が

20170506 第24回関西ついぴ ボウエン シチリアーノ Op128 No1 by Ako Fujiwaka | Free Listening on SoundCloud

にある。

ケンプ編曲「フルートソナタ2番(BWV 1031)」の指使い

フルートソナタ2番(BWV 1031)を収録している「J.S.バッハ=ケンプ ピアノのための10の編曲」がメジャーらしいので、自分の悩み?をここに書いてしまう。

この曲を練習しようとしているのだが、主旋律をレガートに(、そして同時に伴奏のスタッカート部分をそれらしく)することが全くできずに七転八倒している。そこで、右手の重音部分を左手で一部とりにいくことにした。

色々試した挙句次のような譜表に示すような外道な手法に走っている。

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上の譜表の1段目、1小節目では、左手で、スタッカート部分の一部をとりにいくことにしている。これは、まぁよくある手なので、かろうじて許される範囲かなと思う。

譜表1段目3小節目、2段目2小節目も同様にスタッカート部分をとりにいく手法を試していたのだが、それでも右手親指(、あるいは左手が)強拍から2つ目の16分音符をとりにいくところが忙しすぎてどうにも綺麗に流れない。(無論、右手人差し指でとるのが王道だが、それで綺麗に主旋律がレガートにできるなら、こんな愚かな指使いを編み出そうとはしない)

そこで、編み出した外道技が、左手で主旋律の一部(赤丸で囲った音)をとりにいく方法である。これなら、なんとか「弾けないことはない」感触なので、これを今のところ採用して練習している。

が、もうちょっとマシな方法はないものだろうか……